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2008年4月29日 (火)

11月2日「義経申請条々につき院宣あり」 

[玉葉]11月2日
「義経申請条々につき院宣あり」 
 右少弁定長が法皇の使いとして来た。定長が法皇の言葉を命じて言うには、義経は明日早朝に九州に向かうべし。其の間いささか申請の旨あり。その状にいわく、天皇(法皇)を動かし奉るべき由、天皇(法皇)のお耳に達した。その恐れあるにより、誓約書を書き進上しました。その上は疑いあるべからざる由存ずるところ、法皇御所に仕える者ども、なお出発の用意を致すようだ。この事全てあるべからざることである。家来等は先行が不安である。なお天皇(法皇)のお出かけが良いだろうと申さしむといえども、義経は内心においては、更に法皇のお考えに背くべきではない。あえてもってご不審あるべきではない。そもそも山陽道や西海道等の荘園公領、供に義経の指図となし、調庸租税、年貢雑物等、確かに指図し進上すべき由、豊後の武士等、法皇御所に招集され、義経行家等、特に支援すべき由命令を下されるように欲すといいました。くだんの両条について命令を下さるべきや否や、宜しく思案し申し上げるべしと言いました。
 私は申しました。頼朝を追討すべき由、天皇(法皇)の命令を下された上は、このような細々のこと、更に議定に及ぶべからず。今においては只申請に任せ、その指図ありて、早速京都を出されるべきであると言いました。
 晩になって、大夫吏隆職が来た。いささか申す旨あり。夜に入り、法皇の命令を義経等に与えるようだ。

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