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2008年3月16日 (日)

4月24日「賢所・神璽帰京、諸臣奉迎す」

「吾妻鏡」元暦2年(1185)4月24日丁丑
「賢所・神璽帰京、諸臣奉迎す」
 三種の神器の内、神鏡八咫鏡(やたのかがみ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)が、今津(京都市伏見区)へ届きました。そこで頭中將藤原通資がその場所へ取りに参りました。夜になって、藤中納言吉田經房・宰相中將白河泰通・權右中弁壬生兼忠・左中將藤原公時・右少將滋野井範能・藏人左衛門權佐藤原親雅達が、桂川へ行ってお清めをした後で、朱雀大路を上り、六条大路を越えて、大宮大路から待賢門へ入り、東門を経て太政官の朝所(あいたんどころ)へ着きました。その間、大夫判官義經様は鎧を着けてお供をして、太政官の東門に控えました。檢非違使の部下の看督長が布衣(狩衣)を着て、松明を持って前に居たようです。
「範頼參河守を辞す」
 一方、未だ九州に駐屯している源參河守範頼様は、三河守の官職を辞退しました。その辞退の届出の書状が今日関東へ到着しました。中原親能が頼朝様へ見せ指図を聞いたところ、後白河法皇へ申し上げようとの事でした。

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