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2008年2月29日 (金)

3月8日「義経、屋島合戦を頼朝に報ず」

「吾妻鏡」元暦2年(1185)3月8日辛卯
「義経、屋島合戦を頼朝に報ず」
 源廷尉〔義經〕様の伝令が、関西から(鎌倉へ)到着して、申し上げた。「先月の十七日に、わずかに百五十騎を連れて、暴風の中を渡辺の津から乗船しました。翌日の朝六時頃には阿波の国(徳島県)へ着きました。直ぐに合戦をしました。平家の軍勢は、殺されたり、逃げてしまいました。そして十九日に源廷尉〔義經〕は屋島へ向かわれました。」
「屋島内裏焼亡す」
 この使いは、その屋島での合戦の結果を待たずに走り向かってきたのです。そして播磨国(兵庫県)に着いて、後ろを振り返って見た所、屋島の方に黒煙が空へ上って見えたので、合戦は既に終わって、平家の陣営が燃えていることは疑いがないと確信したようです。

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