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2008年2月24日 (日)

2月18日「義経渡部を発し阿波椿浦に上陸、桂浦に桜庭良遠を攻略す」

「吾妻鏡」元暦2年(1185)2月18日壬申
「義経渡部を発し阿波椿浦に上陸、桂浦に桜庭良遠を攻略す」
 源九郎義經様は、昨日渡部の津(大阪市北区中之島)から船で海を渡ろうとしたところ、急に暴風が起きて、船が沢山壊れてしまいました。それで兵達は、船を一艘たりとも出そうとはしませんでした。そしたら、源九郎義經様は言いました。「京都朝廷の敵を追討する役目が多少でも留まり待つことは、朝廷に恐れ多いことである。風や波による損害を考えるべきではない。」と。そう云うので、午前二時頃にまず五艘の船を出航させました。午前六時頃に阿波国(徳島県阿南市)椿浦に着きました。普通なら三日はかかる行程です。直ぐに百五十騎の武士を連れて上陸しました。阿波国の豪族の近藤七親家を呼びつけて、案内人として屋島へ向けて出発しました。途中の桂浦で、散位成良の弟である桜庭介良遠を攻めたところ、良遠は城を捨てて逃げたようです。
 一方関東では、夜になって頼朝様は伊豆から鎌倉へ帰りついたようです。

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