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2008年1月30日 (水)

2月11日「平氏の首大路を渡すことを定む」

「吾妻鏡」寿永3年(1184)2月11日庚午
「平氏の首大路を渡すことを定む」
 平氏等の首を都大路をさらしながら歩いていくべきであると源氏の蒲冠者範頼源九郎義經二大將軍は、朝廷に伺いをたてました。それなので、関白等大臣の三人と堀川(忠親)亜相(大臣に次ぐ人)が天皇から質問を受けました。この藤原の人たちは朝廷に仕えてずいぶんとなるので、理解しているので優れた結論を出すであろう。あるいは、蒲冠者範頼・源九郎義經の親の敵を討ち憂さを晴らす爲に願い出ている事は、道理が無い訳ではないのか。どちらにしたらよいのか、後白河法皇はよい知恵が出ないので決められないので、旨くやってくださいと、云っていたようです。ようするに意見はまちまちになっていたけれども、両將軍が無理強いに要望するので、しょうがなくて渡すことに決めたようです。勅使の右衛門權佐定長は、何度も朝廷と源氏の屋敷の間を行き来したようです。

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