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2008年1月27日 (日)

2月8日「一谷合戦の子細」

[玉葉]2月8日 天晴 
「一谷合戦の子細」
未明、人走り来たりて云う、式部権の少輔範季朝臣の許より申して云く、梶原平三景時の許より、飛脚を進め申して云く、平氏皆悉く伐ち取りのようだ。その後、12時頃に、定能卿が来た。合戦の詳細を語る。一番に九郎の許より告げ申した(搦手である。先ず丹波城を落とし、次いで一谷を落としたようだ)。次いで加羽の冠者(源範頼)からの案内を申した(大手、浜地より福原に寄せたようだ)。8時頃より10時頃に至るまで、猶一時に及ばず、程無く責め落とされた。多田(源)行綱は山方より寄せ、最前に山手を落としたようだ。大略城中に籠もるの者一人も残らず。但し素より乗船の人々四五十艘ばかり島辺に在るようだ。而るに廻し得るべからず。火を放ち焼死した。疑うに内府(平宗盛)等のようだ。伐ち取る所の輩の連名書が未だ報告無し。仍って進上しないようだ。
「劔璽神鏡の安否未だ聞かず」
三種の神器の安否、同じく以て未だ聞かないようだ。
(注釈)
搦手(からめて)・・・城の裏門を攻める軍勢。
大手(おおて)・・・城の正面に攻めかかる軍勢。

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