« 11月15日「義仲頼朝代官の入京を承伏す」 | トップページ | 壽永三年(1184)1月13日「九郎の勢僅かに千余騎」 »

2008年1月17日 (木)

12月1日 「大江公朝頼朝代官に義仲乱逆の次第を告ぐ」

[玉葉]12月1日 天気晴れ、
今朝、女房が最吉の夢あり。天下の穢れ気に依り、般若心経は書かず。件の写は春日神社のお供えの為である。よって穢れの限りを過ぎ書き奉るべきである。
「大江公朝頼朝代官に義仲乱逆の次第を告ぐ」
伝聞、去る21日法皇の北面に仕える下級役人2人(大江公友)が伊勢の国に到着し、乱逆の次第を頼朝の代官(九郎並びに斎院次官親能等である)に告げ示した。たちまち飛脚を頼朝の許へ差し遣わした。彼の帰来を待ち、命に随い入京すべし。当時九郎の勢は僅かに500騎、その外伊勢(三重県)の国人(在地の武士)等多く相従うようだ。又和泉(大阪府南部)の守平信兼同じく以て味方したようだ。信性闍梨が帰来した。比叡山より法印(慈円)の返事を示した。先日私の使となり登山する所である。
(注釈)
斎院(さいいん)・・・賀茂神社に奉仕した未婚の皇女の居所。
闍梨(じゃり)・・・阿闍梨(あじゃり)?。僧位の一つ。

|

« 11月15日「義仲頼朝代官の入京を承伏す」 | トップページ | 壽永三年(1184)1月13日「九郎の勢僅かに千余騎」 »