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2008年1月18日 (金)

壽永三年(1184)1月13日「九郎の勢僅かに千余騎」

[玉葉]壽永三年(1184)1月13日 天晴
「九郎の勢僅かに千余騎」
今日明け方より午後2時ごろに至り、義仲は東国に下向の事、有無の間変々七八度、遂に以て下向せず。これ近江に遣わす所の郎従が飛脚を以て申して云く、九郎の勢は僅かに千余騎のようだ。敢えて義仲の勢に敵対すべからず。仍って忽ち御下向有るべからずと。これに因って下向は延引したようだ。
「平氏入洛せざる三つの由緒」
平氏今日入京すべき一定の処、然らざる條三つの由緒が有るようだ。
一は義仲は法皇をお連れなさり、北陸に向かうべき由が風聞の故、
二は平氏は武士を丹波の国に派遣し、郎従等を招集させた。仍って義仲また軍兵を派遣し相防がせた。然る間、平氏は和平を決定した。仍って事が決定の後、飛脚を遣わし引き退くべき由仰せ遣わす処、猶合戦を企て、平氏方の郎従十三人の首すでにつるしたようだ。茲に因って心を置き遅怠した。
三は行家は渡野陪(わたのべ)に出で逢いて、一矢射るべきの由を称したようだ。この事に因って遅延した。
縦横の説信じ取り難しと雖もデマに非ずに依りこれを記録した。

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