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2008年1月21日 (月)

寿永3年(1184)1月21日「樋口兼光生け捕りとなる」

「吾妻鏡」壽永三年(1184)正月小廿一日辛亥
「樋口兼光生け捕りとなる」
源九郎義經は、木曾冠者義仲の首を獲った事を朝廷に報告しました。今日、夜になって九郎様は義仲の一番の家来の樋口次郎兼光を獲らえました。彼は木曾義仲の使者として石川判官代を攻めるために河内の國に駐屯していました。しかし、石川が逃げてしまったので、空しく手ぶらで京都へ帰ってきました。八幡大渡の辺りで主人が討たれた事を聞きましたが、無駄かも知れないけど、強引に京都へ入った所、源九郎義經の家来達数人が走ってきて戦った末に、これを生捕りました。

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