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2007年6月15日 (金)

1203年 (建仁3年) 10月8日「実朝元服す」

1203年 (建仁3年 癸亥)

10月8日 癸卯 天霽、風静々
「実朝元服す」
 今日、将軍家(実朝)(年十二)御元服である。午後8時頃、遠州(時政)の名越の亭に於いてその儀式が有りました。前の大膳大夫(大江)廣元朝臣・小山左衛門の尉朝政・安達九郎左衛門の尉景盛・和田左衛門の尉義盛・中條右衛門の尉家長以下の御家人等百余人、侍の座に着座した。江間の四郎(義時)主・左近大夫将監(源)親廣が武具を持参した。時刻に御出になられました。理髪は遠州。加冠は「前の武蔵の守(大内)義信」。
 次いで休憩所に御渡りになられた。後、御前の物を進上した。江間(義時)・(源)親廣が配膳役です。配膳の取り次ぎ役は結城の七郎朝光・和田兵衛の尉常盛・同三郎重茂・東の太郎重胤・波多野の次郎経朝・桜井の次郎光高等である(各々近習の小官の中、父母見存の者を選ばれ、これを召すと)。次いで鎧・御劔・御馬を献上しました。佐々木左衛門の尉廣綱・千葉の平次兵衛の尉常秀以下この役を勤めた。

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