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2007年6月 8日 (金)

7月2日「義信、十郎弟を召し進す」

7月2日 丙寅
「義信、十郎弟を召し進す」
 「武蔵の守(平賀)義信」、養子の僧(律師と号す)を召し進上しようとした。去る夜参着した。これ曽我の十郎祐成の弟である。日来越後の国久我窮(くがみ)山に在るの間、参上は今に延引したようだ。
「律師自殺す」
 而るに今日さらし首にされるべきの由を聞き、甘縄の辺に出で、念仏読誦の後自殺したようだ。景時この旨を申し上げた。将軍家太だ悔み歎きなされた。本より殺すべきの志に非ず。ただ兄に同意せしむか否か、お呼びし質問される為ばかりである。
(解説)
甘縄(あまなは)・・・甘縄神社の近く、安達藤九郎盛長の屋敷がある。
律師(りっし)・・・僧官の位で、僧正、僧都、律師となる。

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