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2007年5月 8日 (火)

「猫おろし事件の真相」11.まとめ

「猫おろし事件の真相」

11.まとめ

 いずれにしても、この「猫おろし」の話しは捏造つまり創作に違いないが、当時勢力を拡張し、貴族や寺社の権益を浸食する鎌倉の関東武士の横暴への反感が含まれている事は間違いない。あからさまに権力者たる頼朝などの関東武士を非難したり、からかう事は出来ない。運悪く滅ぼされた義仲がその代替えになった。つまり義仲や義仲の家臣を関東または越後の武士の誰かとその家来に置き換えても通用する話しである。案外、清盛の父の忠盛などの伊勢平氏の武士の初期の話しかもしれない。
 とにかく京都市内の中央貴族から見れば、京都郊外は勿論、近県でさえも田舎である。作者は義仲または関東武士を非難する気持ちで、貴族をからかう無礼な者として記述したようだが、読者や聴衆の中には義仲は貴族をからかう痛快で面白い奴と好意的に誤解している者もいるようだ。
 なお、義経も頼朝に滅ぼされたが、義経は当時の戦闘方法としては不当とされる「一騎打ちを避ける」「奇襲」「夜襲」「非戦闘員の殺傷」などを多用している事がさりげなく記述されている。後代の戦争では「集団戦」「奇襲」「夜襲」「非戦闘員の殺傷」は当たり前となってしまった。

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