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2007年5月24日 (木)

1189年 (文治5年) 4月18日「北條時連元服す」

1189年 (文治5年 己酉)

4月18日 庚寅
「北條時連元服す」
 北條殿の三男(十五歳)御所に於いて元服を加えらる。夕方の程、西侍に於いてこの儀式が有りました。「武州(武蔵の守平賀義信)」・駿河の守廣綱・遠江の守(安田)義定・参河の守範頼・江間(北条義時)殿・新田蔵人義兼・千葉の介常胤・三浦の介義澄・同十郎義連(佐原)・畠山の次郎重忠・小山田の三郎(稲毛)重成・八田右衛門の尉知家・足立右馬の允遠元・工藤庄司景光・梶原平三景時・和田の太郎義盛・土肥の次郎實平・岡崎の四郎義實・宇佐美の三郎祐茂等が着座した(東上)。二品(頼朝)がお出ましです。先ず三献。江間(義時)殿が御酌を取らしめなされた。千葉の小太郎成胤相代わりこれを勤めた。次いで童形(どうぎやう)召しに依って参進せられ、御前にひざまづきました。
「三浦義連加冠を勤む」
 次いで三浦の十郎義連に加冠たるべきの由仰せられた。義連は頻りに敬屈(きょうくつ)し、頗る辞退の気が有りました。重ねて仰せに曰く、只今上位の者多く仕えるの間、一旦の辞退は然るべし。但し先年三浦に御出の時、故(平)廣常と(岡崎)義實との論争、義連これを宥めるに依って無為とした。その心がけに尤も感じ思いなされました。この小童は、御台所(政子)殊になさけをかけなさるの間、将来に至り味方たらしめんと欲するが故、協議し仰せられる所である。この上は詳細に及ばず。小山の七郎朝光・八田の太郎朝重脂燭(しそく)を取り進み寄る。梶原源太左衛門の尉景季・同平次兵衛の尉景高が雑具を持参した。義連は加冠に仕えた。名字(時連、五郎と)。今夜の加冠の役の事、事前に定められざるの間、思い準備するの者ども多く仕えると雖も、当座の御処置、とやかく言うに能わざる事か。
(解説)
童形(どうぎやう)・・・元服以前の少年
敬屈(きょうくつ)・・・光長かがめて敬礼すること
脂燭(しそく)・・・照明用具

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