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2007年5月 2日 (水)

「猫おろし事件の真相」5.文章技法

「猫おろし事件の真相」

5.文章技法

 義仲を礼儀知らずの田舎者と、けなしている文章の前に頼朝は優美で言語明瞭と誉めそやしている文章がある。(参照1)このように平家物語では2つを対比させる方法で強調する文章技法が多用されているので、頼朝を優美であると強調し、義仲を田舎者と強調している。しかし両者とも20数年を田舎で過ごした田舎者にさしたる違いは無い。いずれにしても、当時勢力を拡大し、公家貴族、神社、仏寺の既得権益を浸食する頼朝など関東武士の横暴への反感を義仲に代表させたものである。

参考1.「平家物語」「猫間」(現代文)

 頼朝殿がお出になられました。布衣(ほうい、狩衣)に立烏帽子(たてえぼし)でした。顔は大きく、背は低いほうでした。容貌(ようばう)は優美で、言語は、はっきりと区別がつきました。・・・
(中略)
 頼朝はこのように立派でございますのに、左馬頭(さまのかみ、馬を扱う役所の長官)木曾義仲は、都の守護職をしていましたが、日常の動作や人目につくような行動の無作法なこと、物を言うときの言葉使いの聞き苦しい事は普通の程度を越えています。道理である。二歳から信濃国の木曾という山里に、三十才まで住み慣れていたので、どうして知る事が出来よう。
・・・
 そのほかおかしき事ども多かりけれども、恐れて是を申しません。

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