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2007年4月29日 (日)

2.「語り本系」と「読み本系」の違い

2.「語り本系」と「読み本系」の違い

 広く流布している「覚一本」などの「語り本系」では、義仲が猫間中納言を「猫殿」と「まぬき」で呼んだ、食べ残しを「猫おろしした」とからかったので義仲は無礼な奴だという話しである。しかし、「延慶本」などの「読み本系」や「源平盛衰記」では「猫殿」と間違えたのは根井小弥太であり、「猫おろし」の話しは無く、食べ残しを「お持ち帰り」として、従者に持たせたのに、「こんな汚い食器で粗末な物が食えるか」と放り投げたので、都の人は上も下も贅沢だと嘆く話しである。飢饉の後だというのに貴族連中は相変わらず贅沢なようである。この残り物を食器毎放り投げた話しから、当時飢饉だったという話しに疑問を持つ人がいる。しかし、当時の貴族というのは超特権階級である。庶民が飢饉で飢えて死んでも諸国から送り込まれる米や貢ぎ物を蔵に蓄え、飢饉に備えていた。当時の日本の全人口は数百万人、貴族は数百人とこれらの使用人が生産物のほぼ半分を所有した。後の戦国時代に北条早雲が「五公五民」すなわち生産した収量の半分を税として取り上げるとしたら、「名君」と称えられたというから、とにかく取れるだけ取ろうとする状態だった。約60年前の太平洋戦争末期、国民が食糧不足に困っていた頃、士官学校生徒だった人の話を聞いた。規定通りの食事以外に加給食(おやつ)も出た。一般国民には申し訳ないと思ったそうである。北朝鮮の例でも、一般国民には餓死する者もいるのに一部特権階級は太っている。当時、飢饉だったというのは、公家の日記「吉記」「玉葉」や「方丈記」の記述から間違い無いようである。

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