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2007年4月10日 (火)

11月7日 「吾妻鏡」「頼朝入洛す」

11月7日 「吾妻鏡」丁巳 雨降る、午の一刻晴に属く。その後風烈し
「頼朝入洛す」
 二品(頼朝)が御入京された。法皇は内密に御車を以て御覧になられた。見物の車、轂(こしき)を輾(きし)りて河原に立つ。午後4時頃、先陣が花洛に入る。三條の末を西行し、河原を南行し、六波羅に到着された。その行列、
 先ず貢(みつぎ)金の唐櫃(からびつ)一合
  次いで先陣
   畠山の次郎重忠(黒絲威の甲を着す。家子一人・郎等十人等これを相具す)
  次いで先陣の随兵(三騎これを列す。一騎別に張替持一騎、冑・腹巻・行騰。また小
           舎人童上髪、征箭を負い行騰を着す。各々前に在り。その外郎従
           を具せず)
    (以下略)
11月7日 [玉葉]天晴れ。時々風吹く
 この日、源二位頼朝卿が入京した。午後4時頃、六波羅の新造の屋敷に到着したようだ。騎馬で弓矢を装備し、甲冑を着けないようだ。法皇以下の京中の諸人が見物したようだ。私はこれを見なかった。白昼の騎馬の入京は存ずる旨有るようだ。
(注釈)
轂(こしき)・・車輪の中央部の部品
輾(きし)り・・・こすれあって音をたてる
花洛(からく)・・・はなのみやこ。京都
唐櫃(からびつ)・・・脚つきの櫃(上開きの容器)

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