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2007年4月 9日 (月)

10月9日 「吾妻鏡」「近江田根庄地頭佐々木定綱の押妨を停む」

10月9日 「吾妻鏡」庚寅
「近江田根庄地頭佐々木定綱の押妨を停む」
 駿河の国の蒲原の駅に於いて法皇の命令が到来した。これ近江の国の田根庄は、按察大納言(朝方)の荘園領である。二品(頼朝)の御不快に依って、日来家にとじこもっているの間、地頭の佐々木左衛門の尉定綱が荘園領主の所務を軽視するようです。彼の卿が元の地位に戻されるの後、詳細を申すに就いて、尋ね成敗せしめなさるべきの趣旨である。則ちその趣旨を以て定綱に命令を申しつけなされたようです。
(朝方は義経に同意したとして処罰を受け、家に謹慎中でした。)

10月12日 「吾妻鏡」癸巳
「院宣の請文を進ず」
 岡部の宿に於いて、法皇の命令の御答申書を進上なされた。按察大納言の使い、この程つき従がいなさり、御答申書をいただき、進み以て帰京したようです。
 去る月九日の御文書、去る九日到来しました。謹んで拝見いたしました。近江の国の田根庄務の事、早く領家使の命令に随い、和解を成し指図すべきの由、地頭の定綱に命令含めいたました。この上猶妨害未納を致しますならば、処罰すべきであります。この旨を以て申し上げなさるべきであります。恐々謹言。
     十月十二日          頼朝

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