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2007年4月14日 (土)

1192年 (建久3年) 3月16日 「吾妻鏡」「後白河法皇崩御」

1192年 (建久3年 壬子)

3月16日 「吾妻鏡」戊子
「後白河法皇崩御」
 午後2時頃に京都の飛脚が参着した。去る十三日の午前4時頃、太上(後白河)法皇が六條殿に於いてお亡くなりになられた。御病気は大腹水のようです。大原の本成房上人を召し、御善知識と為した。高声に御念佛七十反、御手に印契を結び、臨終の正念、居ながら睡るが如く死去なされたようです。法皇の年齢を計るに六十七、すでに半百を過ぎたり。御治世の四十年と謂うは、殆ど昔を超えた。白河法皇の外此の如きの君は御いでになりません。頼朝様は御悲歎の至りに誠意心底を砕く。これ則ち合体の儀をかたじけなくして、君臣の礼を重んぜられるに依ってであるということです。
(注釈)
腹水(ふくすい)・・・腹腔内に液体の溜まる症状
上人(しょうにん)・・・僧位の名
善知識(ぜんちしき)・・・仏道に導く高徳の僧
印契(いんげい)・・・両手の指を組み合わせ、理念を表現。
正念(しょうねん)・・・一心に念仏すること

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