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2007年4月 7日 (土)

6月29日 「吾妻鏡」「役夫工米の対捍につき答申書を進ず」

6月29日 「吾妻鏡」壬子
「役夫工米の対捍につき答申書を進ず」
 諸国の地頭等の伊勢大神宮の造宮の役夫の料米の割り当て納入の事、多く以て妨害未納が有るの間、造宮使頻りに詳細を申すの間、重ねて命令下されました。仍って日来その指図を経られ、且つは地頭等に知らせ命令され、且つは答申書を進上されたようです。その状に云く、
「頼朝の答申書」
 去る四月十一日の御文書、五月八日到来しました。造宮の役夫の料米の間の事、奉行の弁(藤原)親経朝臣の御文書、謹んでいただきました。知行する八箇国の領地管理命令書並びに証明書等、別の目録に載せこれを詳しく報告しました。この中で相模・武蔵は近境にあるの間、能く命令を加えしめ、早速に完納の勤めを致しました。自余の六箇国は、その行程を相隔てあるが故、国務の執行人に申し付けるの間、先例を守り指図を致さしめあるところです。而るに命令下されますの趣旨に驚き、古き領地管理命令書を尋ねますの処、此の如く記録し申しあげる所であります。詳細は件の報告書等に見えるところであります。尾張の国の住人(高田)重家・(山田)重忠等の割り当ての事、法に任せ御指図有るべきであります。凡そ近国の者ども、事をあれこれに寄せ年貢の未納を致しますならば、ただ如何にも御処断有るべきであります。
 (中原)親能・廣元の知行の所々の事、造宮使の申状を以て重ねて命令せしめ致しました。この外の者ども、事を頼朝の権威に寄せ、猥りに遁れ避けしめされれば、官使をも法皇庁の御使をも差し遣わして御指図有るべきであります。天下落居の後は、万事朝廷の御定を仰ぐべき事であります。而るに家人を大切と存じまして、御定に背きあろうとは更に存じない事であります。然れば関係を思いなさる事無く、いかにも法に任せ命令下さるべきであります。
 遠江の国の事、謹んで承りました。義仲は東山道の攻め手として、(安田)義定は東海道の攻め手として入京するの時、当国は義定を以て任命なされました。然れば頼朝が与えたに非ざるの間、何事も別して勤仕せしむべきであります。而るに御指示下されましたるの趣旨を以て命令させました。義定は定めてあれこれを申し上げるようです。條々この旨を以てそっと天子にお聞かせ下さるべきであります。そもそも国々の命令書を集め調えようと欲しているの間、遅延に及びました。尤も以て恐れ多いと思いましてございます。頼朝が恐れながら申し上げます。
     六月二十九日         頼朝
   ひそかに申します。
  国々の証明書は、天子の御覧の後猶返し頂いて、おのおの国務執行人に返し置くべきの由思いますところであります。重ねて恐れながら申し上げます。

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