« 4月19日 「吾妻鏡」「太神宮役夫工米、地頭の未済を成敗す」 | トップページ | 6月29日 「吾妻鏡」「役夫工米の対捍につき答申書を進ず」 »

2007年4月 6日 (金)

5月29日 「吾妻鏡」「八條院領紀伊三上庄の地頭対捍す」

5月29日 「吾妻鏡」壬午
「八條院領紀伊三上庄の地頭対捍す」
 御随身左の府生秦(ふしょうはた)の兼平、去る比使者を進上した。これ八條院領の紀伊の国三上庄は、兼平譜第相伝の地である。而るに関東より定補された所の地頭の豊嶋権の守有経、事に於いて対捍し、年貢を抑留した。早く恩情ある採決を蒙るべきの由訴え申した。仍って先例に任せ済物を処理すべきの旨、御命令文を与えるの間、彼の使者今日帰京したようです。
(注釈)
随身(ずいじん)・・・外出時の護衛として従う近衛府の舎人
済物(さいもつ)・・・租税として上納する物品
八条院・・・暲子内親王。鳥羽天皇の皇女。後白河法皇の兄弟、

|

« 4月19日 「吾妻鏡」「太神宮役夫工米、地頭の未済を成敗す」 | トップページ | 6月29日 「吾妻鏡」「役夫工米の対捍につき答申書を進ず」 »