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2007年3月 2日 (金)

3月19日 「吾妻鏡」「法隆寺領鵤庄の地頭の押妨を停む」

3月19日 「吾妻鏡」辛酉
「法隆寺領鵤庄の地頭の押妨を停む」
 聖徳太子の神聖な遺跡を重んぜられるに依って、法隆寺領の地頭の金子の十郎(家忠)が横暴の事、停止すべきの趣、去年命令されたのに、猶静かにならざるの由、住職が法皇の命令書を持参し訴え申すに就いて、雑色の里久を派遣し、鵤(いかるが)庄の押領を停止すべきの由指図を致しました。件の庄の事、聖徳太子を殊に重要視なされるに依って、書き記される気配が有ります。頼朝様は専らお聞きなされて驚く所であります。
   下す 播磨の国鵤庄住人
    金子の十郎の妨げを停止せしめ、ひたすらに荘園領主の指図に従うべき事
 右件の庄、金子の十郎の妨げを停止せしむべきの由、去年法皇の命令に依って指図した。而るに金子の十郎は代官を配置し、庄を押領するの由、重ねて申しつけられる所である。甚だ以て不当の所行である。自今以後、早くその妨げを停止せしむべきである。もし用いざるに於いては、その指図者を呼び出し誡める為、使者里久を下し派遣する所である。早く彼の妨げを停止させるべきの状件の如し。
     文治三年三月十五日

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