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2007年3月 3日 (土)

4月23日 「吾妻鏡」「重源、周防御家人の杣出妨げを訴ふ」

4月23日 「吾妻鏡」甲午
「重源、周防御家人の杣出妨げを訴ふ」
 周防の国(山口県東部)は、去年四月五日、東大寺造営の為寄付されるの間、材木の事、彼の国に於いて材木用の木の切り出し等が有りました。而るに御家人少々が武威を輝かし、妨げを成す事有るに依って、勧進聖人の重源(東大寺の僧)が国役所の役人等の書状を取り、公家に訴え申すの間、その上申書を関東に下された。詳細を尋問し命令される所である。
 重源申し上げます。御材木の事、急ぎ指図頂くべき由思いまして、まかり下ります処に、なおなお武士の狼藉が停まりません。
      筑前の冠者家重  内藤の九郎盛経  三奈木の次郎守直
      久米の六郎国眞  江所高信
 これらが各々、鎌倉より地頭になりまして、所々に保管していた米百八十六石、その故無く押し取りました。人夫の食料に頼みてまかり下ります間、かやうな狼藉が発生しまして、万事が相違ある事となりました。私に制止を加えましたが、さらに従いません。かやうの事は鎮まらねば、この御大事なり難きものであります。かねては国人を駆り集めて、城郭を構築して、私の材木の切り出しを始めます処、御材木引夫を呼び出しますのに、さらに承引しないのです。あるひは山野の狩をなさりますのに、またく法皇の命令に遠慮いたしません。此の如きの事によりまして、諸事がはかどりませんので、恐の為に急ぎ申し上げます由、委しくは国役所の役人の上申書に申し上げます由、重源が恐れながら申し上げます。
     文治三年三月一日       在判

「周防国在廰官人、地頭の非法を訴ふ」

   周防の国在廰官人等
    言上の二箇條
一、得善(とこぜ)末武の地頭として、筑前の太郎(家重)、都乃一郡に横行せしめ、政府の倉庫を打ち開き年貢米を押し取る。狩猟を趣意として、公民を駈け寄せ集め、城郭の堀を構築し、自由に任せ農業の勧めを妨害する事
(以下略)

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