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2007年3月17日 (土)

7月13日 「吾妻鏡」「隠岐の守仲国申す重頼押領の事」

7月1日 「玉葉」戊辰
 別当の隆房が来た。群盗の間の事を示した。

7月13日 「吾妻鏡」丁未
  武蔵の国平澤寺院主職の事、僧永寛に付けられました。
「隠岐の守仲国申す重頼押領の事」
 また師中納言(経房卿)の命令文書が到来した。隠岐の守(源)仲国、宮内権大輔重頼が地頭と称し所々を押領するの由を申した。仍って今日御承諾を申された。
 隠岐の守仲国が申した重頼の押領の事、尤も以て気の毒にございます。手紙を以て重頼に命令せしめました。されば、隠岐の国司の仲国の訴状を献上し、これに就いて、この事法皇より命令下されました。お聞きなされる如きは、乱行は気の毒の由にございます。然れば今に於いては、件の所々をば、いかでありてか支配させなさるべきでしょうか。そもそもその中村別府の事こそ、うけたまわりとも詳しく知らずにありました。何様の次第にございますか。仍って以て執達件の如し。
     七月十三日          御判
   宮内大輔殿
「美濃の国の郷々地頭押領の事」
 この外、美濃の国の郷々の地頭が押領の事、(藤原)能盛入道・為保・(大江)成季等が進上する所の手紙並びに国役所の役人の上申書、同じくこれを下された。また美豆牧司が申す本庄並びに高運島の事、景時の代官所当をわきまえざる由の事、尋問し指図させるべし。されば、尋問し究明して御命令文を成さるべきの由のようです。
(注釈)
執達(しったつ)・・・上意を受けて下に通達すること

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