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2007年3月 6日 (火)

8月19日 「吾妻鏡」「洛中狼藉鎮定のため、常胤・行平、上洛せしむ」

8月12日 「吾妻鏡」庚辰
「京より群盗鎮圧の要請あり」
 右武衛(一条)能保の手紙が到来した。当時京中は強盗が所処に乱入し、上下これが為に驚き恐れ甚だしいようです。なかでも、去年十二月三日、強盗が太皇太后(天皇の祖母で皇后)宮に侵入し、大夫の進仲賢以下の男女を殺害して以来、太略隔夜この事有り。武士等を差し向け殊に警衛なさるべきの由、天皇の意向が有るようです。

8月19日 「吾妻鏡」丁亥
「洛中狼藉鎮定のため、常胤・行平、上洛せしむ」
 京中の狼藉の事、引き続いて法皇の命令を下されしの間、且つは詳細を尋問し、且つはこれを鎮圧する為、千葉の介常胤・下河邊庄司行平に上京すべきの旨を命令されました。各々承諾を申すの間、今日御前に呼び出され御旅立ちの儀式が有りました。また御馬を頂き、條々の命令を承りました。御手紙に云く、
「頼朝の経房宛て消息」
 京中の群盗の蜂起並びに散在の武士の狼藉の事、度々命令下されますの趣、殊に驚き歎き思い申し上げます。時政が下向の時、東国の武士を少々残留させました。その外にも、或いは兵粮米の指図として、或いは大番勤仕(宮廷警護)として、武士等が在京する事多くございます。彼の者どもは狼藉を鎮圧出来ず、還って計略に疲れ、若くは此の如き事をも企てましたか。世間のうわさは塞ぎ難きものであります。然かれば偏に頼朝の恥辱であります。当時親能・廣元が在京しましたが、元より武将の器ではありません。ただ閑院殿(天皇御所)の修理の事、指図を致しているばかりであります。此の如きの事、全く彼等の不手際ではありません。仍って常胤・行平を差し上げました。東国に於いて軍勢の多き者である上、信頼出来る武士であります。そのほかの事は知りません。武士等の中の狼藉は、この両人がたやすく鎮圧出来るでしょう。器量を見計らい進上しまた。よくよく命令されるべきであります。條々猶別紙を以て申し上げいたします。且つはこの趣をそっと報告なさるべきであります。頼朝が恐れながら申し上げます。
     八月十九日          頼朝
   進上 師中納言殿

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