« 5月27日 「吾妻鏡」「賊が宮中の御座の御剣を盗む。武者所久実賊を捕ふ」 | トップページ | 11月7日「義経の武勇と仁義後代の佳名に貽(のこ)る」 »

2007年2月 4日 (日)

11月2日 「吾妻鏡」「義経海路逃亡のため友実に船を求めしむ」

11月1日 
「九郎等下向延引」

11月2日 「吾妻鏡」辛巳
「義経海路逃亡のため友実に船を求めしむ」
 豫州(義経)すでに九州に赴かんと欲した。仍って乗船を画策しめんが為、先ず大夫判官(藤原)友實を遣わすの処、庄の四郎(元豫州家人、当時相従わず)と云う者有り。今日途中に於いて友實に相逢う。問いて云く、今の出行は何事ですか。
「友実、旧家人庄四郎を誅す」
友實、実情に任せ事の由を答えた。庄は偽って元の如く豫州(義経)に従属すべきの趣を示し合わせた。友實またその旨を豫州に伝達すべしと称し、相具して進行した。ここに庄は忽ち廷尉(義経)に誅殺された。件の友實は越前の国齋藤の一族である。たれがみして仁和寺宮(守覚)に仕えた。元服の時平家に従属した。その後向背して木曽に相従う。木曽が追討されたの比、豫州(義経)の家人と為った。遂に以て此の如しと。

11月3日 
「洛中貴賤多く逃げ隠る」
「行家・義経西海に赴く」
「義経等京都にて関東勢支え難く下向す」
「義経等の所行義士というべし」

|

« 5月27日 「吾妻鏡」「賊が宮中の御座の御剣を盗む。武者所久実賊を捕ふ」 | トップページ | 11月7日「義経の武勇と仁義後代の佳名に貽(のこ)る」 »