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2007年2月 1日 (木)

5月19日 「吾妻鏡」「京の群盗、遠江の不逞武士の鎮定等を評議す」

5月19日 「吾妻鏡」辛丑
「京の群盗、遠江の不逞武士の鎮定等を評議す」
 京都及び近国の群盗等が多発した。敢えて自由に行動させないことが困難の間、鎮定させるべきの詳細、今日指図の手続きをした。
 先ず平氏の家人等の中、戦場を脱出した者ども、元の在所に帰還し静かにひっそりと居住し、猶田園を管理した。あまつさえ、都と田舎に横行し、窃盗や強盗の犯罪を事と為すようだ。
 次いで近日、遠江の国(静岡県西部)居住の御家人等、武威を以て勝手気ままに内密に朝廷に申し上げ、或いは法皇の命令書を申し下し、或いは諸国に赴任した地方官・荘園の実際の所有者等の下文を横取りし、土地の利権を貪り公平を欠くようだ。
 次いで伊豆の守仲綱の息子で、伊豆の冠者有綱と称する者が、廷尉義経の聟として、多く京都付近の国の庄園や公領を横領するようだ。
 これらの條々の事、その聞こえ有るに依って、殊に朝廷に申し上げを経て、悉く以て罪状を問いただして処罰せしむべきの由定めらると。

5月23日 「吾妻鏡」丁巳
「高麗国に逃れし対馬守親光を召還せしむ」

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