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2007年2月 2日 (金)

5月24日 「吾妻鏡」「義経、腰越えより款状を送る」

5月24日 「吾妻鏡」戊午
「義経、腰越えより款状を送る」
 源廷尉(義経)、思いの如く朝敵を平らげた。あまつさえ前の内府(宗盛)を引き連れ参上した。その賞を兼ねて疑わざるの処、日来不義の聞こえ有るに依って、忽ち御機嫌を損ない、鎌倉中に入れられず。腰越の駅に於いて、いたずらに日を過ごすの間、愁い思い悩むの余り、因幡(いなば、鳥取県東部)の前の国司(大江)廣元に宛てて一通の嘆願書をお送りした。廣元これを見分すと雖も、敢えて明快なお言葉無し。追って指図有るべきの由と。彼の書に云く、
「義経の腰越状」
 左衛門の少尉源義経恐れながら申し上げ候。意趣は、御代官のその一に選ばれ、天皇の命令の御使として、朝敵を滅ぼし代々の弓矢の芸を顕わし、昔の恥辱をそそいだ。多くの者からひきぬいて賞されるべきの処、思いの外きわめて危険なところの人をおとしいれるため、事実をまげ、またいつわってその人を悪く言うことに依って、莫大の勲功を黙止された。義経は罪無くして咎めを受けた。勲功は有りて誤り無きと雖も、御機嫌を損なうの間、空しく紅涙に沈む。
(中略)

平家の一族追討の為、上京せしむの手始めに、木曽「義仲」を征伐するの後、
(中略)

     元暦二年五月日          左衛門の少尉源義経
   進上 因幡前司殿

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