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2007年2月13日 (火)

3月2日 「吾妻鏡」「今南・石負庄の兵粮米停止せしむ」

3月2日 「吾妻鏡」庚辰
「今南・石負庄の兵粮米停止せしむ」
 今南・石負庄の兵粮米を停止すべきの由、昨日師中納言(経房)使者を以て、法皇の命令を北條殿に伝えられるの間、今日命令書を作成し進上する所である。
 北條殿言上の事申し上げるの由、左少弁師中納言に示し送られる所の状、黄門(経房)、北條殿に遣わすと。
「時政の地頭職辞退」
 時政の申請書を天皇に申し上げた。七箇国の地頭辞退の事、尤も穏であるとお聞きなされた。惣追捕使の事、何様にするべきや。勧農を遂げんが為地頭職を停止し、人の愁いを無くすのはなかなか神妙である、定めてその儀を為すか。兵粮米の未済の事、また以て同前である。春を迎えての厳しい取り立ては、貧乏で生活に困る人民若くは歎きを為すか。その條また定めて思案する旨に有る事か。平家から没収の所々を検知の事、二位卿(頼朝)の許より、朝廷へは申す旨もなく。次第は何様にあるのか。委趣の詳細を尋ね聞き、且つは企画し申請なさるべきの由、内々御意向があるものである。おそれながら申し上げます。
     三月二日            左少弁
      師中納言
「崇徳院領丹波栗村庄に武士の乱暴するを停む」
 今日、故前の宰相光能卿の未亡人の尼僧の阿光、去る月使者を関東に進上し、相伝の家領丹波の国栗村庄、武士の為妨害を成されるの由これを訴え申した。仍って早く乱暴を停止すべきの趣旨を命令されると。
   下す 丹波の国栗村庄
 武士の狼藉を停止せしめ、元の如く崇徳院御領として年貢を備進し、領家の支配に従うべき事
 右件の庄、崇徳院御領たるべきの由、法皇の命令を下される所である。而るに在京の武士、事を兵粮の徴集と称し、暗に以て横領した。今に於いては、早く元の如く彼の御領として、領家の支配に従い、年貢物納を備進せしむべきの状件の如し。以て命令する。
     文治二年三月二日

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