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2007年2月12日 (月)

2月13日 「吾妻鏡」「時政より静の事、群盗処刑の事を報ず」

1月11日 「吾妻鏡」庚寅
「高瀬庄の武家の狼藉を停む」
 高瀬庄(富山県)の事、武家の指図を交付すべからざるの由命令下さると雖も、北條時政殿が所存を保証書に記録し、師中納言(経房)に送られると。
 高瀬庄の事、兵粮米を猶予すと雖も、地頭や惣追捕使に於いては補佐せられたし。但し狼藉に於いては停止せしむべきである。

2月13日 「吾妻鏡」辛酉
「時政より静の事、群盗処刑の事を報ず」
 当番の家来が京都より参着した。北條時政殿の書状等を進上した。静女(静御前)を催促し送り進上すべし。
 また正月二十三日、同二十八日、京都市内に群盗が蜂起した。直ちにこれを逮捕して、去る一日に十八人をさらし首にした。数日を経れば刑罰に似たるの間、検非違使(警察)の廰に引き渡すに及ばず。直に指図を致したようだ。

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