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2007年1月 5日 (金)

1月26日 「吾妻鏡」「周防の国の住人兵粮米を献ず。」

1月10日 甲午 [吉記]
「義経西国に発向す」
 大夫判官義経が西国に出発したようだ。

1月12日 「吾妻鏡」丙申
「粮絶え船無く」
 参州(範頼)は周防(山口県東部)より赤間関(下関)に到着した。平家を攻める為、その所より渡海しようと欲するの処、兵粮(食糧)が絶え船が無く、意外な逗留は数日に及ぶ。東国の者ども、頗る退屈の意有り。多く本国を恋う。和田の小太郎義盛が如きは、猶潛かに鎌倉に帰参しようと見せかけた。ましてや、その外の士族に於いてはなおさらである。
(中略)

1月26日 「吾妻鏡」庚戌
「豊後の国の住人八十二艘の兵船を献ず。」
 豊後の国(大分県)の住人臼杵の次郎惟隆・同弟緒方の三郎惟栄等は、参州(範頼)の命を含み、八十二艘の兵船を献上した。
「周防の国の住人兵粮米を献ず。」
また周防(山口県東部)の国の住人宇佐郡の木上七遠隆は兵粮米を献上した。
これに依って参州は纜(ともづな)を解き、豊後の国に渡るようだ。
(中略)

(注釈)
纜(ともづな)・・・艫(とも、船尾)にあって、船をつなぎとめる綱。

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