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2007年1月14日 (日)

3月12日 「吾妻鏡」「兵粮米を納めらる」

3月12日 「吾妻鏡」乙未
「兵粮米を納めらる」
 平氏を征罰させる為、兵船三十二艘、日来伊豆の国鯉名の奥(こいなのおき)並びに妻良(めら)の津に浮かべ、兵粮米を納めらる。仍って早く出航すべきの由命令を下さる。(藤原)俊兼が、これを指揮した。

3月16日 己亥 天晴 [玉葉]
「平家安藝厳島に」
 伝聞、平家は讃岐の国(香川県)シハク庄に在り。而るに九郎襲い攻めるの間、合戦に及ばず退却し、安藝(広島県西部)厳島に到着したようだ。その時僅かに百艘ばかりのようだ。三種の神器が帰り来たる事、公家は特別の祈祷無し。兼実が一人この事を欲した。仍って近日、特別に随分の祈り等を修した。また中心この事を察す。仏天定めて照覧有らんか。

3月17日 庚子 [玉葉]
「平家或いは備前小島に在り。」
 伝聞、平家は或いは備前(岡山県南東部)小島に、或いは伊豫(愛媛県)五々島に在るようだ。九州の軍勢三百艘が相加わるようだ。但し実否知り難し。

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