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2007年1月11日 (木)

3月3日 「吾妻鏡」「義仲朝臣の妹公有り」

3月3日 「吾妻鏡」丙戌
「義仲朝臣の妹公有り」
 左馬の頭(さまのかみ)義仲朝臣(あそみ)の妹公有り。これ先日武衛(頼朝)御台所(政子)御養子の契り有り。而るに美濃(岐阜県南部)(一村御志有るの間在国)より上京し、御息女の威光に力がついて強くなり、在京するの間、悪巧みのある者ども多く以てこれに従属した。むかし棄損(きそん)の古い文書を捧げ、不知行(ふちぎょう)の所々を件の姫公に寄附するの後、またその使節と称し、官位高く権威のある家柄の庄公等を押し入って乱暴したり、不当な課税をした。この事、当時人民の愁う所である。既に関東の御遠聞に達するの間、これを乱心の女房と名づけた。且つは彼の乱暴を停止し、且つは相順う族を逮捕し進上すべきの由、今日近藤七国平、並びに在京・畿内の御家人等の許に命令を遣わされた。但し御一族の中に於いて、過度の悪巧みをする人相交るの條、世のそしりを恥なされるに依って、御文書の面に於いては乱心の由を載せられると雖も、潛かにあわれみの御志有り。関東に参向すべきの趣、内々いさめご命令されると。
(注釈)
左馬の頭(さまのかみ)・・・左馬寮の長官。
左馬寮(さまりょう)・・・馬寮(めりょう)。官馬の役所。左右がある。
朝臣(あそみ)・・・三位以上のひとの姓の下、四位の人の名の下につける敬称。
不知行(ふちぎょう)・・・知行・領地を持たないこと。

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