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2007年1月 2日 (火)

12月7日「院御所放火近辺に強盗入るも沙汰なし」

12月7日 晴れ
「院御所放火近辺に強盗入るも沙汰なし」
 近日は群盗の恐れ連日絶え絶え間なし。去る日は法皇御所に放火事件(即ち打ち消した)が有った。又近辺1・2町の中、強盗が入り数人に傷害を与えた。しかるに敢えて其の指図は無いようだ。よって泰経(大蔵卿、高階)卿を介して上申書を差し上げた。親しく無い身で訴訟などの嘆願書を差し上げる事など出来ないと雖も、納めずの条、全く恥じに非ず。よって忠心より、嘆願書を差し上げる許りである。其の書状は此の如し。

「兼実款状(かんじょう、嘆願書)」
「放火群盗等をおしとどめてやめさせるべき事」
 右天下騒乱以後、天下静かならざるの間、全国の海路と陸路は塞がり、調庸祖の税の貢ぎすでに空し。住むに適さ無い境、災難は猶免れず、或いはひでりの愁いに依り、悉く亡損の地と為した。或るいは武士の妨げを恐れ、敢えて子のごとく来たる民無し、之に加え山門の岩のほら穴が未だ安全のすみかを聞かず。神社内や寺の周辺も併せて合戦の場と為した。此の如しの間、身分の上下無く忽ち安堵の計を失う、僧と俗人も各危困の嘆きを懐く。国土の衰え疲れる事、年を経て増すと雖も、朝家の大工事がこれに因りて減ずること無し。富者は倉庫の蓄えを減らし、以て僅かに身命を延長する。貧者は衣食無く以て飢え寒さ忍び難し。何に況んや近ごろ以来、放火間々起こり、盗賊の事が頗りに聞える。公卿殿上人の居所を遠慮無く、京都市内城外の舎屋を選ばず、連夜の災いは日を追って絶えること無し。ただ資材を奪ふのみに非ず、殆ど又死傷に及ぶ。万人の歎き只此の事に在るのみ。逆党の征伐に於いて、それぞれ計略をめぐらすと雖も、盗賊の厳重な制圧に至りては、速やかに法による刑罰を行うべきであります。争乱を鎮める政治は、近きより遠きに及ぶ故であります。早く役人並びに武士等に命令し、確かに押し止めさせるべきであります。其の間の詳細については宜しく役人の者どもに相談し、無為の計略を廻らされるべきであります。此の指図がもし遅引すれ、人家忽ち滅亡し、庶民いよいよ度を失うものであります。それ天皇法皇は臣下の元首であります。人民の嘆き悲しむ事、法皇の胸の内はどうして傷まないのだろうか。相談することを待たず。進みて申し上げの条、恐れかしこまり複雑で多岐にわたっており、恐ろしくて、おののきふるえ感謝し難し。然れども忠心を持つにより、天子の徳を驚かせる許りであります。開き表して見せることを計られるべき状はこのようなものであります。
        十二月七日        在判
    大蔵卿殿
夜に入り泰経(大蔵卿、高階)の返書が到来した。速く申し上げるべしと。

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