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2007年1月 8日 (月)

2月16日 「吾妻鏡」「義経先陣を欲す」

2月16日 「吾妻鏡」庚午
「義経先陣を欲す」
 関東の軍兵が平氏を追討する為讃岐の国(香川県)に赴任した。廷尉(ていじょう)義経は先陣として、今日18時頃、纜(ともづな)を解いた。大蔵卿泰経朝臣は彼のよそおいを見るべしと称し、昨日より廷尉義経の旅館に到る。而るに大蔵卿は諫(いさ)めて云く、泰経は兵法(へいほう)を知らずと雖も、推量のおよぶ所、大将軍たる者、未だ必ず先陣を競わないものである。先ず次将を派遣されるべきであるといえり。義経云く、殊に存念(ぞんねん)有り。先陣に於いて命を棄てようと欲すと。則ち以て出発した。尤も精兵と謂うべきか。平家は軍陣を2箇所に準備した。前の内府(宗盛)は讃岐の国(香川県)屋嶋を以て城郭と為した。新中納言知盛は九州の官兵を相具し、門司関を固めた。彦島を以て軍営に定め、追討使を相待つようだ。
(注釈)
廷尉(ていじょう)・・・検非違使で左衛門尉を兼務している者。検非違使の官職名は判官。
纜(ともづな)・・・艫(とも、船尾)にあって、船をつなぎとめる綱。
存念(ぞんねん)・・・いつも心に思っていること。

2月16日 [玉葉]
「義経の発向を制止」
 伝聞、大蔵卿泰経卿は御使として渡辺に向かう。これ義経が出発を制止させるが為と。これ京中の武士無きに依って御用心の為であるようだ。然れども敢えて承引せずと。泰経すでに公卿である。此の如き小事に依って、安易に義経が許に向かうこと、太だ見苦しと。

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