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2006年12月28日 (木)

8月8日 「吾妻鏡」「範頼、平家追討使として西海に赴く」

8月1日 晴 
「鎮西多く平氏に与す」
 或る人云く、鎮西(九州)は多く平氏に味方した。安藝の国(広島県西部)に於いては、官軍(早川と)と六ヶ度合戦した。毎度平氏が理を得るようだ。

8月6日 晴
「義経明日任官すべし」
 12時ごろ、源雅頼中納言が来。数時間言談した。語りて云く、去る比頼朝納言に還るべきの由、推挙を泰経(大蔵卿、高階)に付け申し上げたようだ。定めて不快の事有るか。恐れを為す。また云く、明日除書有るべし。九郎任官すべしといえり。

8月8日 「吾妻鏡」甲子 晴
「範頼、平家追討使として西海に赴く」
 参河(みかわ)の守範頼、平家追討使として西海(九州)に赴任した。12時頃出発した。旗差(旗これを巻く)一人、弓袋一人、相並び前行した。次いで参州(紺村濃(こんむらご)の直垂(ひたたれ)を着し、小具足(こぐそく)を加え、栗毛(くりげ)の馬に駕(が)す)、次いでつき従う者ども一千余騎がすぐれた馬を並べた。所謂、
    北條の小四郎  足利蔵人義兼   武田兵衛の尉有義  千葉の介常胤
    境の平次常秀  三浦の介義澄   男平太義村     八田四郎武者朝家
    同男太郎朝重  葛西の三郎清重  長沼の五郎宗政   結城の七郎朝光
    籐内所の朝宗  比企の籐四郎能員 阿曽沼の四郎廣綱  和田の太郎義盛
    同三郎宗實   同四郎義胤    大多和の次郎義成  安西の三郎景益
    同太郎明景   大河戸の太郎廣行 同三郎       中條の籐次家長
    工藤一臈祐経  同三郎祐茂    天野籐内遠景    小野寺の太郎道綱
    一品房昌寛   土左房昌俊
  以下なり。武衛(頼朝)御桟敷(さじき)を稲瀬河の辺に構え、これを見物なされた。
(注釈)
参河(みかわ)・・・参州。愛知県東部。
紺村濃(こんむらご)・・・紺色のむらご。全地を薄紺色にして所々を濃い紺色にしたもの。
直垂(ひたたれ)・・・垂領(たりくび)式の上衣で、袴と合わせて用いた。
小具足(こぐそく)・・・武装の際の付属具。
栗毛(くりげ)・・・馬の毛色の名。たてがみと尾は赤褐色で、地色の赤黒色のもの。
駕(が)・・・あやつる。

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