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2006年12月 8日 (金)

2月29日「宗盛神器・安徳天皇を上洛せしめんと申す」

2月26日 雨下

2月27日 雨下
「頼朝朝務を計い申す」
伝聞、頼朝は四月下旬に上洛すべしようだ。また文書を以て朝務の協議を申し上げたようだ。人以て可と為すべからず。頼朝がもしや賢明で道理をわきまえた者なれば、我が朝廷の滅亡いよいよ増すか。

2月28日 雨下
「基通使者を頼朝遣わす」
 摂政(基通)は外記大夫信成を以て使いとなし、頼朝の許に通報されたようだ。人何事かをしらず。今朝出立したようだ。

2月29日 晴
「良通方詩会」
「宗盛神器・安徳天皇を上洛せしめんと申す」
 九郎は平氏を追討の為、来月一日に西国に向かうべきの由議有り。而るに忽ち延引したようだ。何故かを知らず。或る人云く、重衡が前の内大臣(宗盛)の許に遣わす所の使者、この両三日に帰参した。大臣申して云く、かしこまりて承りました。三種の神器並びに主上(天皇)・女院・八條院殿(時子)に於いては、仰せの如く入京せしむべし。宗盛に於いては参入に能わず。讃岐の国(香川県)を与えて安堵すべし。御共等は清宗(宗盛の子)を上京せしむべしと。この事、実か、若しくはこれに因って追討の延引は有るか。

2月30日 晴れ
定能卿が来た。世上の事を談る。平氏は和親すべきの由を申したようだ。
「最勝金剛院修二月会」

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