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2006年12月23日 (土)

4月27日[吉記]「平氏は強勢」

4月24日 天晴れ
「頼朝八幡宮に参籠す」
 今日隆職が来た。密々の事等を語る。頼朝は兼実の事を申せしむ。深い意趣等が有り。その事を申さんと欲し、七ヶ日八幡宮(頼朝祈り奉祝の所と)に参籠するの後、宝前に於いて折紙を書き進上せしめたようだ。偏に天下の事を思うに依って申せしめたようだ。

4月24日 「吾妻鏡」
「賀茂社領への武家の狼藉を停止む」
 賀茂社領41ケ所、院の庁の御下文に任せて、武家の狼藉を止むべきの由その沙汰あり。

4月27日 雨降る [吉記]
 平氏は猶強勢のようだ。九州の国々の輩松浦党以下少々従属するの由が風聞したようだ。

4月28日 雨下
「文覚参院兼実の事を申す」
 伝聞、荒聖人聞覺・公朝等、一昨日夕入京した。今日、件の聖人が参院したようだ。件の聖人を以て兼実の事猶法皇に申したようだ。実にこれ明神の加護か。将に又不運の根元か。

4月28日 [吉記]
 伝聞、丹波侍従忠房、去る比密々に関東に下向した。武衛(頼朝)の松容を伺わんと為す。一日比可許を蒙り帰京したようだ。もしこれ小松大臣子孫事有るべきかの由称せしむ事か。

4月29日 丁酉
「文覚種々の荒言を吐くと」
 坂東の荒聖人聞覺、今日参院した。広座に於いて種々の大言を吐いたようだ。

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