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2006年11月24日 (金)

1月26日 「吾妻鏡」「義仲等獄門首」

1月26日 晴
「三神の安全のため平氏追討止むべきか」
 去る夜より、京中では平氏が入京するとの由の風説がおおいに流布した。信受せざるの処、果たして以てデマのようだ。或いは云く、猶平氏の追討を止めらるの儀、静賢法印を以て御使として、詳細を仰せ含めらるべしと。この儀は私のこいねがう所である。これ全く平氏を引級するに非ず。三種の神器の安全を思うに依るものである。
1月26日 「吾妻鏡」
「義仲等獄門首」
 今朝検非違使(けびいし)等が七條河原に於いて、伊豫の守義仲並びに高梨忠直・今井兼平・根井行親等の首を請け取り、獄門(ごくもん)の前の樹に懸けた。また囚人の樋口兼光同じくこれを引き連れ渡された。儀式を指揮する公卿は籐中納言、実務担当は頭弁光雅朝臣のようだ。
(注釈)
引級
検非違使(けびいし)・・・京中の警察・裁判官。
獄門(ごくもん)・・・獄屋(ごくや、ろうや)の門。

1月27日 天晴れ
「平氏征伐朝方等の和讒によるか」
定能卿が来た、世間の事等を語る。その次いでに云く、平氏の事、猶御使を遣わす事を止め、偏に征伐されるべしのようだ。近習の卿相等の和讒(わざん)か。所謂、藤原朝方・藤原親信・平親宗である。小人君に近づき、国家を擾(みだ)す。誠かなこの言。
「余の庵借り上げの指示」
法皇より武士を住まわせるため、私の庵(いおり)を借られるべく、家を指定する由仰せあり(定長奉行)。承知したの由を申した。事の体は言うに足らず。然れども逓れ避く事は出来ない。末代の事勿論勿論。
「任子慈円より観音経等を受く」
(注釈)
和讒(わざん)・・・一方でやわらぎ親しんで、他方でそしり陥れること。仲介。密語。

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