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2006年11月 5日 (日)

12月19日「山大衆和平す」

12月19日 陰晴れ不定、晩に及び少雨、
「(藤原)兼光に定能の車を貸す」
参議右大弁(藤原)兼光朝臣が拝賀の為来た。車を申請するに依り、定能卿の車を借りこれを与えた。内密に(藤原)兼光の許より返し遣わすようだ。是は非礼と雖も、近日の天下に候ふ毎時、別段の事か。私は又車を持たざる故である。
「朔旦叙位行なわる」
此の夜、朔旦(ついたちのあさ)叙位が行われた。当然11月中行われるべき処、五節を行わざるに依り、御即位は叙位の次に合はせ行うべき由、前もって議定有り。是即位の次、下名を賜わるためである。しかるに嘉承の例、亮闇の時の例を混合するに依り、さしさわり有るべし。只格別に叙位を行ない、下名を賜ふ儀有るべからざる由、法皇の仰せ有るようだ。然り間大事が出で来た。よって即位と叙位合わせ行う条、異議無き処、即位又延引した。よってもし明春の叙位の次、加え行はるべきか。将に又歳の内に之を行う。
「執筆藤原経房」
先日法皇の仰せに依り、下名を賜ふ儀有るべからざるかの由、前もって其の指図有り。遂に歳の内に行われる所である。執筆は左大弁経房卿。
「山大衆和平す」
この日比叡山延暦寺大衆(僧兵)の和平、神輿を振り下げ奉りたのようだ。無動寺法印(慈円)は内密に大衆(僧兵)発すべからざる詳細を永弁・智海等の許に示し送られた(内々私の示すに依るものである)。各感心の様子が有るようだ。今日早朝春日神社の料の心経を書き奉る。穢れの限り過ぐるに依りてである。

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