« 1月5日6日7日 | トップページ | 1月13日 「平氏入洛せざる三つの由緒」 »

2006年11月14日 (火)

1月10日 「吾妻鏡」「義仲征夷大将軍」

1月9日 
伝聞、義仲と平氏が和平の事すでに一定した。この事去年の秋の比より連々謳歌した。様々の異説有り。忽ち以て一定した。
「義仲鋳す鏡の事」
去年月迫る比、義仲は一尺の鏡面を鋳て、八幡(或る説では熊野)の御正体を顕し奉る。裏に起請文(仮名と)を鋳付けこれを遣わした。茲に因って和親したようだ。

1月10日 
夜に入り人告げて云く、明朝、義仲は法皇をお連れなさり、北陸に向かうべし決定。公卿も多く同道すべしのようだ。これはデマに非ずと。
1月10日 「吾妻鏡」
「義仲征夷大将軍」
 伊豫の守義仲征夷大将軍を兼ると。ほぼ前例つきあわせてしらべると、鎮守府の宣下に於いては、坂上中興以後、藤原範季(安元二年三月)に至り、七十度に及ぶと雖も、征夷(せいい)使に至りては、僅かに両度たるか。所謂桓武天皇の御宇延暦十六年十一月五日、按察使兼陸奥の守坂上田村麻呂卿を任命された。朱雀院の御宇天慶三年正月十八日、参議右衛門の督藤原忠文朝臣等を任命されるものである。爾より以降、皇家二十二代、歳暦二百四十五年、絶えてこの職を任命されないの処、今例を三輩に始む。希代の朝恩と謂うべきか。
(注釈)
鎮守府(ちんじゅふ)・・・蝦夷(えぞ)を鎮撫するため陸奥国に置かれた官庁。
鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)・・・鎮守府の長官。
征夷(せいい)・・・えびす(蝦夷、えぞ)を征伐すること。
按察使(あんさつし)・・・あぜち。あんせちし。諸国の行政を監察した官。
宇(う)・・・天子の統治する世界。

|

« 1月5日6日7日 | トップページ | 1月13日 「平氏入洛せざる三つの由緒」 »