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2006年11月13日 (月)

1月5日6日7日

1月5日 陰晴不定
「弥勒講」
御堂に参る。恒例の弥勒講に依りてである。この間源中納言(雅頼)が来た。よって大将相共に広庇の座に着かしめ、私は簾中にあり。講演が終わり、布施(公卿等これを取らず)を置く後、私は仏前(堂中他所便宜無き故なり)に出で、前源中納言(雅頼)を招き入れ、会談は刻を移す。語りて云く、頼朝の軍兵は墨俣に在り。今月中に入京すべきの由聞く所である。日没に及び退出した。
「東大寺大仏鋳造の事」
「河内国鋳師を宋朝鋳師に加う」
「行隆子息等に霊託あるか」
(中略)
右中弁行隆また云く、義仲は永くあるべきではない。頼朝また同様である。平氏若しくは運有るか。すべてその所行に依るべしと。

1月6日 天晴風吹く
「叙位」
或る人云く、坂東の武士すでに墨俣を越え美濃に入ったようだ。義仲大いに恐れおののきを懐くようだ。

1月7日 天晴
「叙位聞書を見る」
摂政(藤原師家)正二位に叙された(従二位を越えた。本正三位である)。
「白馬節会」

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