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2006年11月 1日 (水)

12月9日 「長方の言により八幡御幸停止せられる」

12月9日 天陰 頗る風雪、
伝聞、昨日左大臣(経宗)並びに忠親卿が法皇御所に参り、成範卿を以て左大臣(経宗)に問われて云う、義仲申して云う、西国を討つ為罷り向かうべきである。而るに法皇は御在京、不審無きに非ず。比叡山延暦寺の騒動の由風聞した。仍って法皇をお連れなさり下向を欲すようだ。この事如何。御占い行われるの処、不快の由を申した。之を為す如何。左大臣(経宗)申し云う、御占いの事指図に及ぶべからず。義仲の申す所然るべし。早くお出かけ有るべしと。又静賢法印を以て忠親卿に問われる。申し状左大臣(経宗)に同じ。但し密かに申し云う、平氏と和平の儀、義仲に仰せられるべきであると。然れども件の事義仲おおいに不快の由、外相に表すようだ。よって仰せ下さるに及ばずのようだ。
「長方の言により八幡御幸停止せられる」
しかる間、長方卿ひそかに使者を以て義仲に連絡した。穢れ中に八幡へのお出かけは如何。たとい御参社無しと雖も、猶神慮の恐れ有り。おおいに以て然るべからずと。ここに因り忽ち延引し、穢れ以後のお出かけなさるべき由定め仰せのようだ。猶長方は賢名の士である。
「慈円下京す」
今日、山の法印(慈円)があからさまに京に下られた。大衆僧兵の蜂起は旺盛のようだ。実に只天台の仏法の滅亡すべき時である。
「俊尭天台座主に補さる」
伝聞、俊尭が座主に任命されたようだ。

12月9日 「吉記」
「山僧蜂起」
比叡山延暦寺の僧兵が東西坂に城を構えを欲し、叉近江への通路之を塞いだ。

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