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2006年11月11日 (土)

1184年(寿永3年、元歴元年)1月1日

1184年(寿永3年、元歴元年)1月

1月1日 陰、
「院拝礼・小朝拝無し」
明けがた、四方拝(しほうはい)常の如し。今日法皇の拝礼無し(法皇の御所鋪(ほ)設を改むるに及ばずと)。又小朝拝無し。代始めたれども、日次宣しからざるに依りてなり(凶会)。14時頃、大将(九条良通)が(飾剣例の如し)法皇御所に参り、即ち参内(さんだい)である。夕方、甘摂政(藤原師家)が参入した。その後公卿が着陣した。節会(せちえ)は例の如し。内弁は皇后宮大夫(藤原)実房卿、外弁は上首権中納言(藤原)長方卿のようだ。大納言(藤原)忠親並びに此の大将等、内弁の作法を見るため外弁に着かずのようだ。不当と雖も又近例のようだ。22時頃、大将が帰り来たり今日の事を語る。具さに大将を召しこれを記録した。
「忌月に依り音楽・国栖笛音せざる事重ねて宣下有るべきか」
そもそも御忌月たるに依り、音楽並びに国栖(くにす、くず)の笛声を奏せず。この事先帝(安徳天皇)の御時に宣下された。当今(後鳥羽天皇)又同じかるべし。しかるに重ねて宣下有るべきや否や、大将不審を成し、大外記(中原)師尚の許へ問い遣わす処、事の理重ねて、仰せらるべからざる上、延久元年の例又然らずと。今日又仰せられずと。然れども諸司存じて奏せざるなり。今日の手水陪膳(みなもと)は季長朝臣、節供は((藤原)光長朝臣之を勤め陪膳同前)。この日右少弁(平)基親が来た。夜にいり大風降雨、又雷鳴す。
(注釈)
四方拝(しほうはい)・・・1月1日の宮廷行事。
参内(さんだい)・・・内裏(だいり)に参上すること。
晩頭(ばんとう)・・・ゆうがた。
節会(せちえ)・・・節日などの宴会。
内弁(ないべん)・・・儀式を門内で指揮する首席の公卿。
外弁(がいべん)・・・儀式を門外で指揮する第2位の公卿。
国栖(くにす、くず)・・・大和の国栖人が参列して歌笛を奏したこと。
手水(ちょうず)・・・手・顔などを洗う水。
陪膳(ばいぜん)・・・膳部の給仕
節供(せちく)・・・節日に供する供御(くご)。元日の膳、15日の粥など。
供御(くご)・・・天皇の飲食物。

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