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2006年11月 2日 (木)

12月10日 「頼朝追討の院庁下文を成す」

12月10日 天晴れ、
法印(慈円)は比叡山に登り帰られた。百日の入堂(無動寺なり)、退転、遺恨たるに依り、隆憲を以て義仲に連絡し、許しをこうむり登られた。是また我が身の慶びである。昨日京に下りしは、世間の物騒に依り、私の附近の事不審の故に下京のようだ。又比叡山延暦寺は既に城郭を構えた。仍って城中に籠もる條、甚だ穏便ならず。しかのみならず、すでに比叡山延暦寺を攻めるべきの由風聞した。仍って且つは下京されるべきの由、私は示し送る所である。而るに比叡山延暦寺を追討の儀、また忽ち然るべからずと。仍って義仲に連絡するの処、案の如く許し有り。たとい又内心許さざる有りと雖も、此の願いすでに退き難き故、万事を顧みず、山に帰り、私と相共に能く議評せしむるものである。山王大師(山王権現)の知見証明あらんか。大願の趣、詳細に記録し難きものか。只仏法の興隆・政道反素の趣なり。
「慈円入堂して兼実等の大願を祈願す」
法印(慈円)と私、観性(法橋)三人の大願、すでに年数を積みたり。今の入堂すでにこの事を祈請の故である。よって百千の事顧みるべからず。只諸神に任せ奉るのみ。
「臨時除目」
この夜臨時の除目が行われた。
参議藤俊経、藤隆房、(即ち右武衛に任ず)、藤頭弁(藤原)兼光、
左大弁(藤原)兼光、左中弁光雅、右中弁行隆、
権光長、左少弁源兼忠、右少弁平基親、
右中将忠良、
義仲は左馬の頭を辞退した。また天台座主(俊尭僧正)を仰せ下されたようだ。
(注釈)
山王大師(山王権現)・・・日吉(ひえ)神社の祭神。
知見(ちけん)・・・物事を悟り知る智慧。
法橋(ほっきょう)・・・法眼の次に位。

12月10日 「吉記」
「後白河院平業忠邸に還御」
法皇は六条西洞院の左馬権守平業忠宅においでになられた。五条殿には奇怪な事が有りの故のようだ。
「頼朝追討の院庁下文を成す」
頼朝を追討すべしの由、宣旨を改め院庁下文を下し成されたようだ。
「臨時除目」
今日臨時の除目が行われた。善政相交わるの由、世以て美と称した。入道殿は殊に指図給わり申さしむの故のようだ。
(玉葉と同じ)
辞退 左馬頭源義仲
「僧事」
天台座主に権僧正の俊尭が任命された。
伝聞、第一は昌雲、第二は全玄なり。
「義仲の執着により俊尭を天台座主に補す」

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