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2006年10月 4日 (水)

閏10月16日「義仲院に参る」

閏10月16日 雨下
「義仲院に参る」
今日義仲が参院した。一一指図を承った。又一一申し上げたようだ。詳細は之を尋ねるべし。
「詩」

閏10月17日 天気陰、
「義仲院への申状」
静賢法印が内密に告げ送り云う、昨日義仲が法皇御所に参り、申し云う、平氏は一旦勝ちに乗ると雖も、始終不安に及ぶべきではない。九州の者ども、味方すべきではない由を仰せ遣はした。又山陰道の武士等、併しながら備中(岡山県西部)の国に在り。更に恐れ及ぶべきではないと。
「頼朝弟上洛という」
又頼朝の弟九郎(源の義経、実名知らず)、大将軍となり、数万の軍兵を統率し、上京を企てる由、承り及ぶ所である。其の事を防ぐため、急ぎ上洛する所である。もし事一定たらば行向かうべし。実でないならば此の限りに非ず。今二三日内、其の指図を承るべしということである。以上が義仲の申し状である。只今外聞に及ぶべきではない。密かに告げ申す所であると。平氏の不安有るべきでは無い由申しあげるの条、甚だ以て大言壮語の事か。
「秀衡東西より頼朝を攻むべき旨を義仲に示すという」
ある人云う、頼朝の家来等が多く以て秀衡の許へ向かう。依って秀衡は頼朝の士卒に異心有りの由を知り、内々飛脚を以て義仲に連絡した。この時東西より頼朝を攻めるべしの由であるようだ。此の告げを得て、義仲は兵を知らず、迷いて帰京したようだ。此の如き事は実否は知り難き事か。

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