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2006年10月 3日 (火)

10月14日「京中騒動す」

10月14日 天気晴れ、
 16時頃人告げて云う、平氏の兵は強し、官軍の前陣は多く以て敗れた。よって播磨(兵庫県南西部)より更に義仲は備中(岡山県西部)に赴くの由の風聞した。よって又御使いを以て上京を制止された。承知したの由を申した。しかるに忽ち以て上京の由。今夕から明朝の間に入京すべしの由、昨日の夕飛脚が到来した。
「京中騒動す」
その後法皇御所中の男女、上下あわてふためき極まり無し。恰も戦場に迷い入るのようだ。その事漏れ聞ゆる間、京都市内の人屋、去る夜から今朝の間、雑物を東西に運び、妻子を近郊に遣はし、万人は驚き恐れて顔色が青ざめ、天下の騒動、敢えて云うべからずのようだ。私は遅く之を聞いた。使いを以て(藤原)範季(院の臣)の許へ問い合わせた処、巳に事実であるようだ。去る夜0時頃、(藤原)経家朝臣の妻が男子を産み、たちまち幼くして死亡したようだ。(藤原)頼輔入道の最愛の娘である。入道は飯室に在り。遣り告げたりと。父母現存した。其の哀悼を推察するに、実に以て悲しむべし。凡そ今年の出産は、多く此の聞こえが有る。恐れるべきことか。
「後白河法皇逐電の疑いあるも遂げられず」
今夜は終夜寝なかった。法皇が行方をくらまし逃げるべき由、世人が疑いを成す故である。然れども遂に以て其の事無く、夜が明けた。

閏10月15日 夜より甚雨
「改元の時期につき再度諮らる」
「兼実の返事」
「年内改元すべし」
「中原師尚申状」
「先例は 年改元行わる」
「乱逆鎮静の改元詮なし」
「義仲入京す」
今日義仲が入京した。其の勢力数は甚だ少ないようだ。

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