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2006年10月18日 (水)

11月15日「義仲頼朝代官の入京を承伏す」

11月15日 天気晴れ、
晩に及び宰相(藤原定能)中将が来た。法皇御所中の事を語る。武士の守護は、ひましに怠らないようだ。法皇御所中の上下の人々或るいは受けず、或いは感心し、両様のようだ。又云う、頼朝の代官九郎、入京すべきや否や、頗る豫議有り。大略は進上する所の物並びに使者等、帰国すべき様其の指図有り。
「義仲頼朝代官の入京を承伏す」
然るの間又議案が出で来た。澄憲を以て重ねて義仲の許へ仰せ遣わされるの処、其の勢幾ばくも無いのならば、入京を許されるべき由、ねがいに承伏したようだ。又云う、只今主典代景能が来たり入る(頼朝の許に派遣された所の御使いなり)。此の一両日入京したようだ。よって頼朝の報奏の趣を問う処、大略御返事を申すに及ばず、専ら悦ばざる様子有り。詳細に於いては、始めの御使い(庁官康直)に申した。今の仰せ只前と同じである。早く帰参すべしと。敢えてもてなしの気配は無く、殆ど憤りと謂ふべきかのようだ。

11月15日 「吉記」
「平知康大神宮の託宣を称す」
ある人示し送りて云う、去る12日延尉知康は太神宮が託宣したの由と称すようだ。近日件の男は乱心である。信受すべきではない。
「平氏の動向を聞く」
叉聞く、平氏が備前国を焼き払うようだ。

11月16日 陰晴れ不定、今暁地震、
「地震」
「定能室平産す」
「法皇法住寺南殿に臨幸あり」
今日法皇は南殿においであるべし。御用心の様子、日来において万倍した。今日の出仕指しあうか。よって不参。
「所々にこうを堀、釘抜きを構う」
今夕所々にからぼりを堀り、釘抜きを構え、別段の指図のようだ。此の事は天狗の所為か。偏に禍を招かれるなり。左右能わず、左右する能わずと。蔵人源清実が来た。右大将(良通)を呼び云う、寮の御馬が不足、権立馬を進上すべしと。力及ばずの由を申した。馬無きに依りてである。

11月16日 「吉記」
「庁官康貞関東の事を語る」
庁官康貞が入り来る。関東の事を語る。

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