« 11月22日「藤原師家内大臣に任じ摂政とす」 | トップページ | 11月26日「信円興福寺寺務を辞さんとす」 »

2006年10月24日 (火)

11月23日「藤原実定の内大臣を借用という」

11月23日 天気晴れ、
この日北家に帰る。
「藤原実定の内大臣を借用という」
伝聞、内大臣(藤原実定)は解官に非ず、借用したようだ。凡そ欠官は三なり。所謂死闕(けつ、かける)、転任・辞退である。
「借官これに始まる」
借官之当節に始まる。禅門(藤原基房)の計、然るべし、然るべし。

11月23日 「吉記」
次官(藤原定経)が来た。世上は轟々の外、殊なる事無し。

11月24日
侍(外記大夫大江政職)を以て大外記頼業の許に遣わし、其の子親業の安否をとむらう。去る19日戦場に於いて
若死にの由、風聞あるの故である。

11月24日 「吉記」
「諸卿に参院を命ず」
法皇御所に殿上渡らされるべしの由、指図有りのようだ。
伝聞、今日堀川大納言・八条中納言が呼び出しに応じ参院のようだ。
「火事」
今夜火事二箇所有り。吉田辺りである。祇園別当宗幸の住居並びに他住居である。武士が押し執りを欲すの間、家主が放火の由、風聞した。

11月25日 陰晴不定、夜に入り小雨、
「法皇殊に御嘆息の気無し」
定能卿が法皇御所より退出した。私は之に会見した。語りて云う、法皇殊に御嘆息の気無きかのようだ。
「方違」
此の夜方違いに依り堂廊に参宿した。

|

« 11月22日「藤原師家内大臣に任じ摂政とす」 | トップページ | 11月26日「信円興福寺寺務を辞さんとす」 »