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2006年10月 5日 (木)

閏10月18日「四方皆塞がり」

閏10月18日 雨晴れ
「任子等の歯を取る」
「四方皆塞がり」
 晩に及び、(藤原)範季(院の臣)が来た。世上の事を談じた。此の次、くだんの男云う、四方皆塞がり、中国の上下、併せ餓死するだろう。此の事一切疑うべきではない。西海道に於いては反乱の地にではないと雖も、平氏は四国に在るので通行出来ないの間、又同じ事である。加えて義仲の所存は、法皇が偏に頼朝をこひねがい、殆ど彼を以て、義仲を殺そうとするかの由、偏った推量を成すか、将に告げ示す人有るかのようだ。此の如しの間、法皇を怨み奉り、兼ねて又、御行方をくらまし逃げる事を疑う。之に依り忽ち敗績の官軍を棄てて、迷い上京する所である。しかるに忽ち平家を討つ事は叶うべきではない。
「法皇自ら西国に赴かんとす」
 平氏が猶存在すれば、西国からの運上物は又叶うべきではない。よって且つ平氏を討たせる為、且つ義仲の意趣をかなえるため、法皇の叡慮より起り、早く西国にお出かけあるべきである。只先ず、播磨の国にお出かけ有るべし。しからば南・西国等の武士等、皆風に向かう子のごとく来るべきである。その時九州の軍勢を発し、平氏を征伐するべし。以後おかえり有るべきである。此の他凡そ他の計略無しと。たちまち此の旨を以て(大蔵卿、高階)泰経に示した。泰経は感心し、又静賢法印に示した。静賢又以て心に留めて忘れない、しかるに未だ此の旨は法皇の耳には達しないようだ。
「西国臨幸は頼朝にそむく恐れあり」
 私は之を案ずるに、立つ所の次第、其の理然るべきか。但しもし西海にお出かけが有れば、偏に義仲等に連れ寄せられ、頼朝との約束に背くの由決定あるか。此の天下を猶一日と雖も、頼朝に政権を執るべき運が有るかの由、素より愚に思案する所である。然れば偏えにかの頼朝に変更される条、尤も思慮有るべきか。愚意の所存、只道理を以て仰せ聞かれ、かれこれ仏神に祈願し、強ちに此の武士等を恐れず、正道を以て天下に行われば、多くの人の災は消えるべきである。只先ず、猶平家を討つべき由、義仲に仰せられ、別の使者を以て、又頼朝の許に詳細を仰せ遣はされるべきである。とやかく言う事無しに御下向の条、猶王者のふるまひではないだろう。然れども口外出来ないものである。(藤原)範季(院の臣)の議案は、小人の計略というべし。悲しむべき世である。

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