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2006年10月27日 (金)

11月29日 「解官さるる人々」

11月29日 天気晴れ、
宰相中将の定能卿が来た。只今法皇御所に参り帰るようだ。花山大納言(兼雅)は頗る恐れを成す由、大将(良通)の女房の許へ示し送るようだ。よって訪札の報状を送りて云はく、解官の中に入らずと雖も、所領を没官せられ、又出仕を停止されるようだ。尤も不便の事か。夕方に太夫吏小槻隆職宿祢が解官等を記録し送る。
「解官さるる人々」
解官
中納言藤朝方、    参議右京太夫同基家
大宰大弐同実清    大蔵卿高階泰経
参議右大弁平親宗  右中将播磨守源雅賢
右馬頭源資時     肥前の守同康綱
伊豆の守同光遠    兵庫頭藤章綱
越中守平親家        出雲の守藤朝経
壱岐の守平知親    能登の守高階隆経
若狭守源政家        備中守源資定
左衛門尉平知康(大夫尉)
此の外衛府26人と。
「即位踰年の例」
今日、16時頃、五位蔵人親経が法皇のお使いの為来た。質問した。御即位は来月22日遂行されるべきである。しかるに18日に至り穢気たり。よってその後22日、伊勢の贈り物を立てられる。28日本儲け日、即位、此の定定行されるべき処、万事叶ひ難し。よって年をこえる例を外記に問われた。天智・天武・皇極・陽成院等の例がある。或いは両三年を経たり、或いは7・8年に及ぶようだ。或いはまた明年である。先例すでに在り。明年行われるべきか。協議し申し上げるべしと。
申し云う、文武以後数代、陽成院の外、未だ年をこえるの例を聞かず。よって左右無く、歳の中に行われるべしと雖も、用途叶い難く、儀式或いは欠くならば、此の限りに非ず。就中近日の様子では、常途の例に似るべからず。
「即位延引すべし」
況んや先規有りに於いてをや。延引は時議に叶うかといえり。左大臣(経宗)・忠親・長方の両卿、皆延引されるべき由を申したようだ。入道関白は頗る歳内に執着され、院宣は延引よろしかるべしと。

11月30日 天気晴れ、
重ねて大外記頼業の許へ使者を送り、先日使いを以てその子の近業の事をとむらう。其の返報に付き、いささか申す事有り。忠言と謂うべし。よって其の事を感ずるため仰せ遣わす所である。

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